2018年9月7日 

アスリートインタビュー④

金メダルへの決意〜笑顔に隠された強さ 富田宇宙/パラ水泳 

8月に2018パンパシパラ水泳で金メダルを3つ獲得


富田宇宙は、視覚障害のスイマーとして東京パラリンピックでの金メダルを目指している。パラ水泳の視覚障害には、障害がもっとも軽いS13からもっとも重いS11まで3つのクラスに分けられる。富田は、2016年までS13クラスの選手だった。が、網膜色素変性症という病気による視力の悪化により、2017年、S11クラスに変更となった。しかし、富田は2017年から記録を次々と打ち立てている。

富田の得意種目は、400m自由形。2017年7月にドイツで開催されたワールドパラシリーズ/ドイツ大会で初めてS11選手としてレースに出場した。その2カ月後、ジャパンパラ競技大会の予選4分40秒02を出してアジア記録を樹立。その決勝で4分39秒71をマークして、記録を更新した。

2018年3月、静岡県で行われた記録会では、同種目4分39秒63。その後、5月のワールドパラシリーズ/イタリア大会で4分36秒88、6月のイギリス大会では4分34秒59。泳ぐたびにアジア記録を塗り替えているのである。

最良の練習環境を求めて日体大大学院へ


1989年に熊本県で生まれた富田は、3歳で水泳を始めた。小学2年まではスイミングクラブ、小学3年から中学・高校では水泳部に所属し、水泳を継続させてきた。
高校2年の時に、網膜色素変性症であることがわかる。徐々に視力が低下する中で、高校卒業時に水泳を断念した。

パラ水泳として再開させたのは、日本大学を卒業し社会人になってからのことだ。健常者としてでなく、視覚障害者として取り組めるスポーツを探していた時に、パラ水泳のチーム<東京ラッコ>を紹介されたことがきっかけだ。2012年の11月である。
当時は、狭い視野の中でプールの底にあるラインをとらえ、目視で泳ぐことができていた。しかし、ラインは次第に見えなくなっていく。
「だから、いずれクラスが変わっていくのだろうと思っていました」

S11(Sは自由形、バタフライ、背泳ぎのクラス。平泳ぎはSB、個人メドレーはSM)では、公平を期すために選手は全員ブラックゴーグル(視界を遮断しアイマスクの役割を果たすゴーグル)装着が義務付けられている。

2017年7月のドイツオープンでS11クラスが確定し、初めてブラックゴーグルを装着してレースに臨んだ。そこから2カ月後には、アジア記録をマークしている。わずかであっても視力を頼りにして泳ぐことと、ブラックゴーグルで視力を遮断して泳ぐことは、泳ぎ方はもちろん精神的な影響も小さくはないはずだ。それなのに、短期間で結果を出し続けているのである。

「結果が出せるようになったのは、2017年に日体大大学院に進学して水泳部での練習に参加できたことが大きい」
そう、富田は断言する。

3月に静岡水泳記録会で木村敬一に勝った瞬間喜ぶ富田


2013年に、2020東京オリンピック・パラリンピック開催が決定し、富田は、東京パラリンピック出場という目標を意識した。その後アスリートへの転職などを経て、世界のトップを取るための道筋として、日体大大学院への進学と大学水泳部所属を決意したという。

日本体育大学水泳部は、これまでにオリンピック選手を多数輩出してきた、大学水泳部の名門だ。富田は、週に6日、プールやドライランド(トレーニングジムなどプール以外)のトレーニングを欠かさない。1日に泳ぐ距離が1万6000mに及ぶこともある。「当たり前ですが、高校まで単なる部活動として水泳をやってきた自分と日体大のエリート選手では、レベルが全然違います。同じ距離、同じインターバルトレーニングをしていても、技術的にも体力的にも効率よく泳いでいく。周りに比べ自分はなぜ遅いのか、どうすれば少しでもロスなくタイムをあげることができるのか。常に自問自答を繰り返しています」

コーチングの勉強からアスリートネイルまで すべては世界のトップのために

ベストパフォーマンスのためアスリートネイルを施す


今年に入り、フォームを全面的に見直している。

「スタートから水中から全部見直しました。スタートの飛び込みで、以前は手をついてそれを支えにして構えていましたが、手はできるだけリラックスさせておいてスタート台を握ってから後ろに引いて出るようなフォームに変えました」

フォームの改造には、大学の水泳部仲間のアドバイスが生きる。飛び出した直後の胸の張り方、腕の伸ばし。自分では自分のフォームを確認することができない。それを仲間がどう違うか、どうすべきかを的確に指摘してくれるという。

レベルの高い練習環境に自ら飛び込んだことで、飛躍的な成長を遂げてきたのである。大学院でスポーツコーチングを学んでいることも、アスリートとしての自分の血肉になっている。

「自分の中でコーチの指導を咀嚼することができる。今、コーチはこういうつもりでこの言葉を使っているのだとか、自分としてはこう解釈しようとか。一番いいコーチングを常に問いかけることで、自分で自分をコーチすることができるんです」

大学院で学ぶスポーツコーチングとは別に、メンタルコーチとのカウンセリングやメンタルコーチ資格の取得にも取り組む。

「自身で設定した目標に対して、具体的にどうコミットしていくか。そういうプロセスを学び、実践することで、東京パラリンピックやその先の未来を見据えたビジョンに向けて、考え方をしっかりと構築していける実感があります」

メンタルコーチングだけではない。専門医と行うメンタルトレーニングによって、実際にレースの時にベストパフォーマンスが出せるような精神状態にもっていく“ゾーニング"も身に着けた。

「呼吸法によって、自分の脳波をベストの状態にするように、意図的に作れる訓練をしています」

アセスメントとトレーニングによって、自分にとってのルーティーンを作り出した。レースの3分前までは1分間に6回の呼吸で副交感神経を優位にさせておき、スタート直前には1分間に8回の呼吸に変え交感神経を優位にする。これによってリラックスしながらも、最も効率的な覚醒状態でレースに臨むメンタルが作り出せるのだという。実際のレースでこれを行ったのは、今年の静岡の記録会から。シーズン始めの記録会で、富田はアジア記録を更新しているのだ。

ベストパフォーマンスを出すために、自分ができることはすべて挑戦する。例えば、アスリートネイルを施すようになったのも、その一つである。

「ブラックゴーグルを装着した泳ぎでは、練習でもレースでも常に指先がコースロープや壁に激突し、傷だらけになっています」

コースロープで爪を割ってしまうことは日常茶飯事だ。ジェルタイプのネイルで爪を保護しておくことで、けがを防ぐことができる。
「痛みはもちろんですが爪の状態はパフォーマンスに影響します。ベストなコンディションを保つことが重要なんです」

大学水泳部の仲間、強化コーチ 支援を受けて競技を続ける

選手の泳ぎを読んでタッピングの準備をするタッパー


視覚障害のスイマーに不可欠なのは、タッパーと呼ばれるコーチの存在だ。タッピングバーという釣竿のような棒で選手の体をたたくことで、ターン、ゴールのタイミングを選手に教えるのである。体をたたくタイミングがわずかにずれれば、体が壁に衝突するなどの危険もある。何より100分の1秒を競うレースで、タッピングの息が記録を左右することにもつながる。選手の目となる存在なのだ。

富田のタッピングを担当する人は複数名いる。練習では、水泳部のマネージャーをはじめ、パラ水泳の育成選手の保護者など5~6名が交代で毎日つきあってくれる。海外遠征など国際大会では、パラ水泳連盟コーチの上垣匠氏が担当する。上垣氏は、兵庫県市川高校水泳部コーチであり、現在、強化指定選手の指導にあたっている。

練習時、富田にマイクを通して指示をする上垣コーチ


「もう、とことんたたいてもらうしかないんです。僕は、タッピングのためだけに特化した練習はしません。僕が行う水泳の練習メニューの中でたたいてもらう。上垣先生に日体大のプールでの練習に来ていただいたこともあります。」

パラスイマーとしての目標をひたと定めて、富田は前進を続ける。2年後には、設定した目標の場となる東京パラリンピックがやってくる。

「400m自由形で4分25秒台、100mバタフライ58秒台。この2種目で金メダルを目指します」

狙うのは、目標タイム。そしてその結果としてついてくる栄冠だ。
「東京パラリンピックでも自己ベストが出れば金メダルを逃しても、喜べると思いますが、逆に金メダルであっても目標タイムに届かなければ悔しさが残るだろうと思います」

パラ水泳に出会って、たくさんの支援者によって競技が続けられることを痛感している。

「東京パラリンピックで結果を出すことで、ずっと支えてくれている人々への恩返しになる。だからこそ、達成したい目標なんです」

<富田宇宙(とみた・うちゅう)>

1989年、熊本県生まれ。EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング / 日本体育大学大学院所属。3歳の時、姉の影響で水泳を始める。高校2年で網膜色素変性症であることが判明。日本大学進学後は競技ダンスで全日本大学選抜選手権に出場。2012年にパラ水泳に出会う。2017年、S11クラスに変更。同年9月ジャパンパラ競技大会の400m自由形でアジア記録を樹立。2018年6月、ワールドパラシリーズ/イギリス大会で400m自由形4分34秒59をマークしアジア記録を更新した。
(文・宮崎恵理、写真・岡川武和)
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